家政婦は見た!

::概説

「家政婦は見た!」は中でも人気の高いシリーズで、土曜ワイド劇場の歴代視聴率1・2位を独占、放送回数ランキングでも7位に入っている。最高視聴率を獲得したのは2作目(1984年10月13日放送)で30.9%である。

1作目は1983年7月2日放送の「松本清張の熱い空気」で、「家政婦は見た!」という名称はこのときにサブタイトルとして使われていたものである。

では知らない方のために内容をご紹介しよう。

1940年、千葉県に生まれた石崎秋子(市原悦子)は、息子を亡くしてから夫婦仲が冷え離婚。以来、家政婦一筋20余年。「大沢家政婦紹介所」の2階を間借りし、愛猫・はるみと共に生活している。秋子は、派遣先の上流家庭でうわべの華やかさからは想像もできないようなドロドロとした内部事情を知ってしまう。そして、その日の出来事を共同生活を送っている3人の家政婦と家政婦会の会長・大沢キヌヨ(野村昭子)に報告するのだ。

::ストーリー

では、このシリーズの番組の流れを見てみよう。このシリーズのみどころはというと、やはり毎回共通しているオープニングとエンディングにある。まず、オープニングであるが、

  • (夜、大沢家政婦紹介所の脇を世田谷線が通り過ぎる。)
  • ①市原が都はるみの歌を歌いながら洗濯物を取り込む。
  • ②「はるみちゃん」と言って飼ってる猫を呼ぶ。
  • ③猫に都はるみの歌の解説をする。
  • ④「あきこさーん」と野村に呼ばれる。

が共通した流れである。中盤にはこれといった共通箇所はなく、野村にマッサージをしてもらって、マッサージ代30分500円に文句を言うことぐらいであろう。ではエンディングはというと、

  • ①派遣先のリビングで家族全員が集まって会議をしている。
  • ②秘密を暴露し、家族を一気に崩壊へと追い込む。
  • ③今日までの給料を清算して、その家の家政婦を辞める。
  • ④体のどこかを痛める。(エンディング曲CutIn)
  • ⑤翌日、包帯をした市原は野村に見送られながら新しい派遣先へと出発。
  • ⑥別の派遣先に向かう3人の家政婦に「待って~」と言いながら1人遅れて世田谷線の駅に向かう。
  • ⑦新しい派遣先の住所が書いてあるメモを見ながら歩く。(エンディング曲FadeOut)
  • ⑧「ここだわ」と言ってから、まず家全体を眺めその大きさにびっくりする。
  • ⑨門の手前で「ごめんくださいませ。・・・・・。ごめんくださいませっ。大沢家政婦紹介所から参りました・・・・・。」と小さい声で言い、最後に門をよじのぼってめちゃめちゃでかい声で、
  • 「ごめんくださいませーーーっ!」
  • と叫んでおわり。

ここで注目したいのはエンディングの⑥で、世田谷線の踏切を手を挙げてわたるという奇妙な姿が毎回見られる。

◆    ◆    ◆

今までに仕事をした家は女優、暴力団などさまざまであるが、中でも面白かったのがファッションデザイナーの家に行った16作目(1997年7月5日放送)である。当時、君島兄弟がもめてた直後で、しかも家族構成もまったく同じ。さらにエンディングで兄弟の親が死ぬというまさにノンフィクションではないかと疑うような内容だった。

::総論

というわけで、殺人事件が起こらないのはこのシリーズぐらいである。

放送リストの中で、7作目は当初1989年1月7日放送予定であったが、昭和天皇崩御に伴う特番放送のため延期されている。

このほかに1997年10月から1時間の連ドラで1クール12回放送している。このうち、初回・最終回はスペシャルで2時間の拡大枠。また、第11回は特別編「あの傑作をもう一度」と題し、1996年4月12日放送の作品をリメイクし放送した。

今後も1年に1回程度の割合で放送が続けられる見通しで、市原も「私の演じる秋子がおばあさんになるまで続くといいですね。」と張り切っている。目が離せないシリーズの一つである。

この文章は、1999年03月27日に公開されたものです。